すけがわの雑記

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【アフリカの現状】アフリカの部族は僕たちのせいで絶滅した。この姿から僕は生き方を学んだ。

最近僕がフォローしているブロガーさんの記事を読んで、アフリカを懐かしむことが増えました。

 

僕は2016年の11月から2017年の2月までアフリカに滞在していました。

 

滞在した国としては、インターンシップウガンダに2ヶ月間、旅行でエチオピアケニアルワンダタンザニアザンビアジンバブエボツワナナミビア南アフリカを周りました。

 

どの国も素敵な文化を持っていて、滞在していてとても楽しかったです。

 

アフリカというと、みなさんが連想するイメージは、動物、サファリ、自然など野生的なものが浮かぶと思います。

 

今回は僕が実際に感じた「アフリカの部族について」書いていきます。

 

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アフリカの民族

みなさんが思い描いているように、アフリカには様々な部族がいます。

 

僕が実際に会った民族としては、ケニアのマサイ族、ウガンダピグミー族ナミビアのヒンバ族でした。

 

この3つの民族は、メディアにも取り上げられることが多く知名度もそこそこあると思います。

 

しかしこういった有名な部族のほとんどは既に絶滅してしまっているように感じました。

 

この言葉が指す意味としては「部族が本来の部族らしい生活を僕たちのせいで送らなくなった」ということです。

 

絶滅したとは?

僕がアフリカで出会った部族たちは、商業化した部族でした。

 

この商業化とは、部族が自分たちの縄張りや生活方式を公開する代わりに対価を得るということです。

 

これは、旅行客が頻繁に部族の生息地に足を運んでいることやメディアが部族を取り上げることが関係しています。

 

僕たちが部族を取り上げ、部族はそこから対価を得ます。

 

民族たちは狩りや転売などといった本来の対価が安いビジネススタイルから、それ以上の対価を見込める観光業へとシフトしていったのです。

 

ケニアのマサイ族の場合

ケニアのマサイ族は本来の生活から最も遠ざかった部族でした。

 

僕がケニアでマサイ族に会ったときに彼らが身につけていたものに驚愕しました。

 

彼らは最新のiphoneを持ち、The North Faceの厚手のダウンを着ていたのです。

 

この2つは日本では簡単に購入できますが、アフリカでこれらを買うことができるのは、かなりの富裕層のみです。

 

マサイ族が商業化している比率が高いのも、一昔前に有名になった「マサイのハイジャンプ」の影響です。

 

マサイ族のジャンプ力の高さを撮影するために数多くの日本のメディアもケニアタンザニアに足を運びました。

 

このときにマサイ族に多くのギャラが支払われ、本来の狩猟から観光業へとシフトしていったのです。

 

現在はケニアだけでなくタンザニアの観光地にもマサイ族は生活し、観光客相手にビジネスをして生活しています。

 

ウガンダピグミー族の場合

 

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ピグミーという部族は「世界最小民族」と呼ばれています。

 

ちなみに僕の身長は165cmです。

 

ピグミーもマサイ族と同様、僕が会いに行ったときは商業化していました。

 

彼らは自分たちの縄張りを見せたり、観光客に対してウェルカムダンスを披露することによって稼いでいます。

 

また大麻を自分たちの村で育て、それを観光客に売るというビジネスも行っていました。

 

ナミビアのヒンバ族の場合

ナミビアのヒンバ族は基本的に北部に住む遊牧民ですが、ナミビアの首都のウィントフックで商業ビジネスを行う数が日に日に増えていると本人たちから聞きました。

 

やはり観光客がお金を彼らに落とすことが1番のメリットであるようです。

 

確かにナミビアでヒンバ族に遭遇し「写真を一緒に撮ってくれないか?」と質問したところ、500ナミビアドル(日本円だと4000円)を払うよう求められました。

 

商業化は当然のプロセス

このように本来狩猟民族であった部族が商業化しビジネスするという流れは当然の事のように感じます。

 

なぜなら、商業化したほうが本来の生活水準以上の生活ができるからです。

 

また労働といっても基本的に観光客をもてなすだけであり、狩猟と比べた場合、労力や生産性から見ても、商業化のほうがメリットがあるのです。

 

この商業化に対して、僕は良かった点と悪かった点をそれぞれ感じています。

 

良かった点とすれば一部族の生活の質が向上したことであり、悪かった点とすれば本来の生活様式の文化に僕たちが水を指してしまったことが挙げられます。

 

しかしこの姿から学んだこともあります。

 

それは自らの最も効率の良い生き方を考えて、省エネでお金を普段以上に稼ぐように行動する彼らの姿です。

 

文明としては後進国のように描かれるアフリカで、さらにそんなアフリカの田舎に住んでいる彼らですが、その時代にあった生産性の高い生活方法への切り替えは僕には欠落した資質でした。

 

今の日本のシステムは「一種の恐怖観念から出来上がっている」ように感じます。

 

「みんなが進学するから進学する」、「みんなが就活するから就活する」、こういった同調圧力によって進路を決定している人が周りにたくさんいます。

 

僕たちは周りに流され生きていくべきではなく、もっと自分がしたいように生きるべきなのだと諭されました。